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生まれ変わった賃貸事務所

「うーん、でも、また来ますよ。きっと」「ええ?そうかなあ」私は首を捻る。 「どこらへんが、そんなふうに見えました?」「たぶん、久しぶりに街へ出てきたのね。
服の雛が、ちょっと古くて、出したばかりのものを着たみたいでしたから。 つまり、それだけの決心をして出てきたんじゃないかしら。
だから、冷やかしってことはないと思うの。 きっと、また来ますよ。
今度来るときは、そう、家族を連れてくるかもしれないわ」。 Sさんの予想のとおり、次の日に、Yさんは、もう一人同年輩の女性を同伴して店に入ってきた。
連れの女性は、Yさんとは対照的に、小柄で可愛らしい感じの人だった。 腕が外に出ない、頭からすっぽり被るメキシコ人みたいなファッションで、店に入ると、かけていたサングラスを外した。
Yさんの紹介によれば、この人はSさんという。 彫刻家だそうだ。
二分ほど、彼女がどのように素晴らしい才能を持った芸術家であるかをYさんは解説した。 私は、その紹介をぼんやりと聞いていた、電車に乗っているときに聞く車掌のアナウンスみたいに。
Yさんの紹介が一段落したところで、三秒ほど沈黙があった。 私は、尋ねたものか、どうしたものか、迷った。
つまり、彫刻家のSさんが、この店に一緒に来た理由は何か、YさんとSさんはどんな関係なのか、という情報が説明に欠落していたからである。 まあ、しかし、このようなことは日常茶飯事だ。

少しまえの私ならば、こんなに気になることがあると、絶対にその後の話に集中できなかっただろう。 今では、たちまち棚に上げて、すっと忘れることができるようになった。
ビジネスとは、すなわちこの棚上げの手際、いうなれば保留力みたいなものが養われる場なのであろう。 昨日の今日だったため、こちらも新しい物件の用意がまだなかったので、私は困った。
だいいち、Yさんが希望しているような面白い物件が見つかる可能性はかぎりなく低い。 そんなものは、最初からないのだ。
もしあっても、人には貸さないし、売りにも出ないだろう。 「帰ってから少し考えてみたんだけれどぉ、やっぱり、初めからそんなに面白いところっていうのも無理かもって。
だから、自分たちで面白くしていくことができる、そんな可能性を秘めた素材を探すべきじゃないかって」。 Yさんは言った。

なんだか、記者会見のような台詞だったが、内容に関しては、私は助かったと思った。 いわゆる譲歩と受け止めて良いだろう。
賢明な判断である。 「そうですね、ただ、賃貸です」とおっしゃった。
今度は、なかなか、その、大掛かりな部屋の改造は望めませとりあえず、大きく方向転換したわけだが、こちらは商売としては嬉しいかぎりである。 さっそく、予算や条件などをきき、手持ちの物件を幾つか見せた。
ただ、この種のものは、これから新しいものを探せば、もっと良いものが見つけられる可能性が高い、ということを私はつたえた。 「ええ、それで、彼女とも話し合ったんですけれど、この際だから、賃貸ではなくて、マンションを購入しようかと…」Yさんは言った。
どうして、Sさんとそんなことを相談したのだろうか。 Sさんはコンサルタントなのか。
それとも、占いか風水でもするのだろうか、と私は想像した。 後者の方が、見た目と一致している。
「少しお時間をいただければ、さらに良いものをご紹介できると思います。 あの、お急ぎでしょうか」「うーん、作家か」Yさんは口の形を歪める。
「まあ、そうねえ、しかし、クリエータなんていったら、また、偉そうにって、言われちゃうしな」「あの、では、文章を書かれるのですね?」私は持っていたボールペンを動かすジェスチャをした。 「私は…、えっと、なんていったらいい?」Yさんは、隣のSさんを見た。
Sさんが小声で言った。 子供のような声だ。
交通情報のアナウンサーになれるのでは「いえいえ、全然。 くつに切羽詰まっているわけじゃなし、ええ、こちらもね、どちらかというと、すぐには動けないんです。
いろいろ締切や、イベントとかがありますから」。 「あ、あの、失礼ですが、Yさんは、どんなお仕事をなさっているのですか?」私は尋ねた。

こういった質問は最初からはしないのが商売の鉄則であるが、住居を紹介するといった場合には、不可欠な情報ではある。 それを大家側が知りたい場合がほとんどだし、また、ライフスタイルがそれによってだいたい把握できるため、向き不向きが判断できる。
Yさんは、友達のSさんについては詳しく紹介してくれたものの、自分のことはまだなにも話していないからね。 「うーん、それもね、どうかな…、見てみないとわからないんじゃない?リフォームしないといけないね」。
「ああ、ええ、まあ、ある意味」Yさんは困った表情をしながら領いた。 「でも、そんなものでは書きませんよ。
今は、キーボードですから」「あ、そうか、そうですね」私は笑った。 ビジネスモードのスマイルである。
「では、やはり、静かな環境のところがよろしいでしょうね?夜にお仕事をされますか?近くに、コンビニがあった方が良いとか?」「うーん、べつにねえ…」Yさんは、またSさんの顔を見て、同意を求めながら話した。 「部屋の中にいたら、そう、イヤフォンで音楽を聴いているし、外が煩くても気にならないんじゃない?それに昼でも夜でも、カーテンを閉めていたら同じだし、ねぇ?」Sさんは黙って領いた。
「そうですか」私は領いた。 どうも希望条件が具体的に見えてこない。
「では、どのような改造がしたいのか…それに合ったものを探さないといけませんが…。 たとえば、新しく分譲したばかりのような物件ではなくて、少し古いものをリフォームした方が良いかもしれません。

「良いなら、そっちの方が手っ取り早いわけだし」「でも、構造上、部屋の真ん中にお風呂を作ったりは、できないかもしれませんよ」。 「いやあねえ、あれは、たとえばの話ですよぉ。
本気になさっていたの?」Yさんは、私の前で片手を空振りした。 その同じ手で、隣のSさんの肩をぽんと叩いて笑う。
なんだ、そうだったのか。 紛らわしいことを言わないでもらいたいな、と私は思ったが、しかし表情には出さない。
さらに話を聞くうちに、だんだん普通になってきた。 くつに面白くもなんともない普通の部屋の写真を見て、「わ、こんなのいいわね」なんて言う。
人の言うことを真に受けてはいけないな、と私は自戒するのである。 二人が帰ったあと、Sさんの感想を聞いたら、YさんとSさんは二人で暮らしているのだ、とのことだった。
「あ、そうかあ…」私は息を漏らしながら何度も領いた。 「そうですね、そうか、どうして気づかなかったんだろう」そう言われてみれば、絶対にそのとおりである。
「たぶん。 二人とも独身ね」Sさんは言った。

「もしかしたら、Sさんの方はバツイチかも」「え、そんなことまでわかるんですか?」「ええ、そんな感じでした。 あの個性的なファッションなんか、離婚してようやく自由になれたっていう気持ちの顕れじゃないかな」考察が深すぎる。
Sさんも、だんだん神懸かり的になってきた、と私は思ったが、しかし、この予想ものちに当たっていることが判明するのである。 YさんとSさんはもう十年も二人だけで暮らしているらしい。
そして、これから将来もこのままだろう、と二人は私に語った。

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